

| ホテルとして使われていた当時のカーペットを剥がすと、その下からは、小さな木の板を組み合わせた美しい寄木張りの床があらわれました。 すばらしい職人の技をこれからものこすため、桃山の間やロビーなどの寄木張りは補修して復元しています。また客室からも2種類の木を組み合わせ寄木張りの一部が見つかっています。 | ![]() |
| 建てられた当時、窓は木製で隅には唐草文様の木製の透かし彫りがついていました。現在ではほとんど消滅していますが、桃山の間にのこされた唐草文様から外側の建具に唐草文様を復元しました。 | ![]() |
| 外側の廊下の下部、1階から見ると廊下の天井部分は、型枠に詰め込んだモルタルを接合する繰型出組(くりかただしくみ)という方法で造られていますが、工事にかかるまではその方法が判りませんでした。その方法は今日ではむずかしいものになっています。 | ![]() |
| コンサート会場は桃山の間とよばれていましたが、当初は食堂でした。その正面に欄干のついた小部屋があります。ここで楽器が演奏されたという説がありますが、よくわかっていません。 | ![]() |
| 勾欄(こうらん)とよばれる建物の外側のてすりは、鮮やかな朱色と思われていましたが、建てられたときの状態に戻すために工事を進めている際に、当初は落ちついたひわだ色であることが判りました。65年ぶりにてすりの色がよみがえりました。銅板の赤銅色と調和させた色づかいとなっていたのです。 | ![]() |
| 勾欄(こうらん)が復元した色であるのに対して、大屋根と小屋根はこれまでなれ親しんだ緑青色のままにしています。今回、屋根2千m2をすべて銅板でふきなおしたが、そのままでは赤い色の屋根となるため、あえて化学処理して緑青色にしました。 | ![]() |
| 勾欄(こうらん)の色と同様に、工事中にタイル張が発見されました。1階の外側廊下を回廊のように巡っていたことを証明するもので、大変貴重な発見です。建物北側の回廊に復元しました。 |
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| 建物正面玄関にあるエレベーターは1957年に設置されたものです。停止階の表示などどことなくなつかしさのあるエレベーターを補修して再度使用しています。 | ![]() ![]() |
| 今回の修復で部品の取り替えや修理を行いましたが、明かりは66年にわたってホテルを訪れる人々を照らし続けてきました。 | ![]() |
| 風鐸(ふうたく)は寺院などの軒の飾りでしたが、ホテルでは軒下の照明として使用していました。現在は2基しか残っていないため、25基を復元し大屋根下に吊り下げました。 | ![]() |
| 1階カウンター横の真鍮の格子は、そこがかつて国際ホテルらしく両替所があったことを示しています。 | ![]() |
| 真紅にマリンブルーの緑取りのあざやかな1階ロビーのカーッペットは、当初の写真やホテルの従業員の証言などから再現したものです。 | ![]() |
| 玄関扉を縁取る真鍮製の装飾金具は66年の歳月により色あせていました。このたびの改修工事では、すべての金具を外して「洗い」とよばれる修復再生技術で、かつての輝きをとりもどしました。 | ![]() |
| かつて、大津は瓦産地として有名でした。当初から使われていたのも大津製ですが、今回の修復ではひび割れ等が見つかったため、あらたに市内の瓦業者の方に造っていただきました。 | ![]() |
| 1階の一部には、当初からの木製窓が残っています。また桃山の間の木製建具は、1948年まで外窓として使われていました。この建具の隅にも建具の共通装飾である唐草文様が使用されています。 | ![]() |